用語:コア知識(Core Knowledge in AI)
分類:AIの基礎・学習・モデル
ひとことで:AI文脈のコア知識とは、物体・主体の行為・数・空間など、人間がごく早期から利用すると考えられる基礎的な認知構造を手がかりに、AIの認識や推論の土台を評価・設計しようとする概念です。
AIの文章で「コア知識」という言葉を見たとき、まず注意したいのは、この語が必ずしも一つの標準化された技術用語ではないことです。一般的な文章では「そのシステムが持つ重要な基礎知識」という意味で使われることもあります。
一方、近年のAI研究、とくに抽象推論やマルチモーダルモデルの認知能力を評価する研究では、発達認知科学の core knowledge systems に由来する、より専門的な意味で使われます。この場合のコア知識は「富士山の高さ」や「東京が日本の首都である」といった事実知識ではありません。物体、数、空間、主体の行為などを捉える、人間の認知のごく基礎的な枠組みを指します。
目次
出発点は発達認知科学
Elizabeth Spelke と Katherine Kinzler は2007年の論文で、人間の認知には少数のcore knowledge systemsがあるという考えを整理しました。そこでは、物体とその機械的相互作用、主体と目標指向的な行為、集合と数的関係、空間配置と幾何学的関係などを表現するシステムが論じられています。
この考えの重要な点は、人間が高度な学校教育や百科事典的知識を得る前から、世界をある程度構造化して扱えるという点です。
たとえば乳幼児でも、物体が突然消えたり不自然にすり抜けたりする場面に反応することがあります。少数の物体の数の違いを区別したり、空間配置を手がかりにしたりする能力も研究されてきました。
こうした能力を「人間が世界を学ぶ前提となる足場」と考えるのがcore knowledgeの発想です。
AIではなぜコア知識が問題になるのか
現代のAI、とくに大規模言語モデルやマルチモーダル大規模言語モデルは、高度な質問に答えたり、画像を説明したり、プログラムを書いたりできます。
ところが、高度な問題を解ける一方で、人間には直感的に簡単な物体関係や数、空間、因果に関する問題で不安定な答えを出すことがあります。
このギャップを考えるとき、「AIは高レベルなパターンを大量に学習しているが、世界を整理する基礎的な認知構造が十分ではないのではないか」という問いが生まれます。そこで発達認知科学のcore knowledgeが、AI評価の枠組みとして参照されるようになっています。
ARCでは「前提知識」を明示するために使われる
Abstraction and Reasoning Corpus(ARC)は、少数の例から抽象的な変換規則を推論する能力を測ろうとするベンチマークです。
この種のテストには難しい問題があります。完全に知識ゼロの知能テストは作れません。人間が解くときも、「まとまった色の塊を一つの物体として見る」「左右対称という概念を知っている」「数を数えられる」といった前提を使っています。
そこでARCでは、テストが依存する前提をなるべく明示し、獲得済みの言語知識や文化知識への依存を減らそうとします。ARCに関する研究では、objectness、goal-directedness、numbers/counting、basic geometryなどがcore knowledge priorsとして整理されます。
たとえば色付きグリッドの問題で、隣接した同色セルを一つの「物体」とみなすことはobjectnessに関係します。図形の反転や回転はbasic geometry、複数の物体を数える操作はnumbers/countingに関係します。
「コア知識をAIに埋め込む」という意味だけではない
core knowledgeという語から、「人間が生まれつき持っている知識をルールとしてAIへ埋め込む研究」と考えるかもしれません。しかし実際のAI研究での使い方はもっと広いです。
一つは、モデルがそうした能力をどの程度示すかを測る評価軸として使う方法です。もう一つは、モデル設計に一定のprior、つまり事前の構造的仮定を入れる方法です。さらに、学習データから自然に獲得できるかを調べる研究もあります。
したがって「core knowledgeを重視する研究=手作業でルールを埋め込む研究」とは限りません。
マルチモーダルAIでは「簡単そうな能力」が評価対象になる
2025年のICMLで発表された Core Knowledge Deficits in Multi-Modal Language Models は、発達認知科学をもとにしたCoreCognitionという評価を提案しました。
この研究では、マルチモーダル大規模言語モデルが高度な知覚・推論能力を示す一方、人間には基礎的と考えられるcore knowledge領域で弱さを示す可能性を調べています。12のcore knowledge概念を操作的に定義し、多数のモデルを評価しました。
ここで重要なのは、「モデルにコア知識がある/ない」という哲学的結論を直接出しているわけではないことです。研究者が設計した課題群に対して、どのような性能パターンを示すかを測っているのです。
コア知識と「常識」は同じではない
AIでは「常識推論」という言葉もよく使われます。両者は重なる部分がありますが、同じではありません。
常識には、「雨の日は傘を使う」「冷蔵庫に食品を入れると長持ちしやすい」といった生活経験や文化的知識も含まれます。これは成長や社会生活を通して獲得される知識です。
一方、core knowledgeはより限定的に、物体、数、空間、主体などに関する基礎的な認知の枠組みを指すことが多いです。
したがって、常識問題に強いAIがcore knowledgeも強いとは限りませんし、その逆も自動的には成り立ちません。
コア知識と「知識ベース」も別物
Knowledge BaseやRAGの文脈でいう「知識」は、文書、データベース、事実情報などを指します。
core knowledgeは、それらの情報量を意味しません。たとえばAIが大量の科学論文を検索できても、単純な空間関係を一貫して扱えるとは限りません。
この違いは重要です。「多くの情報を持つこと」と「世界を安定して構造化する基礎能力」は別の問題だからです。
ベンチマークで高得点なら、人間と同じコア知識を持つのか
ここは慎重に読む必要があります。
AIがcore knowledgeを意識した課題で高得点を取っても、そのモデル内部に人間の乳幼児と同じ表象システムが存在することは示されません。大量の学習データから課題に似たパターンを学んでいる可能性、表面的な手掛かりを利用している可能性、プロンプト形式に依存している可能性もあります。
逆に、特定のベンチマークで低得点だからといって、関連する能力が完全に存在しないとも断言できません。問題文、画像表現、選択肢、推論形式など評価設計の影響を受けるからです。
「core knowledge」という語を見たら定義表を見る
この用語は、研究ごとに操作的定義が変わりやすいのが特徴です。
Spelkeらの理論では大きな認知システムとして整理されます。ARCでは問題設計のpriorとして扱われます。CoreCognitionのような新しいベンチマークでは、より細分化された概念セットとして実装されます。
したがって論文中に「core knowledge」とあったら、名称だけで理解せず、次を確認してください。
- どの理論・先行研究を参照しているか。
- 具体的に何個の能力・概念を含めているか。
- それぞれをどんな課題で測っているか。
- 成績を「能力の有無」へどこまで一般化しているか。
- shortcut learningやデータ汚染など代替説明を検討しているか。
この用語から推論してはいけないこと
「AIにcore knowledgeがある」と書かれていても、それだけで「人間と同じ世界モデルを持つ」「生得的な概念を持つ」「常識がある」「真の理解がある」と結論づけることはできません。
core knowledgeは、人間認知とAIの能力を比較するための有力な視点ですが、モデル内部の認知機構を直接観察する言葉ではありません。
AIの文脈でこの語を見たときは、「何をコア知識として定義し、どの課題で、何を測ったのか」を確認する。それが最も実用的な読み方です。
関連するAI用語
- 常識推論
- ワールドモデル
- 創発的能力
注・出典
- Spelke & Kinzler (2007), Core knowledge, Developmental Science. — https://www.harvardlds.org/wp-content/uploads/2017/01/SpelkeKinzler07-1.pdf
- Li et al. (2025), Core Knowledge Deficits in Multi-Modal Language Models, ICML/PMLR. — https://proceedings.mlr.press/v267/li25p.html
- Scientific Reports article discussing ARC and core knowledge priors. — https://www.nature.com/articles/s41598-024-73582-7
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